コラム:こころと部屋

2016年05月18日

今日は28回目のこころと部屋のワークショップでした。
今回のテーマは前回と同じ『変わりたいあなたと部屋の関係』でした。
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参加された方には今の自分自身の変化が欲しいところとを分かち合っていただき、それが部屋にどの様に表れているかを一緒に考えていました。
部屋はあなたを映し出すスクリーンです。
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 例えば、
すっと気になっている開かずのクローゼット
整理しなくちゃと思っているけど、手を作られずそのクローゼットのある部屋に行くのが憂鬱

というお話
確かにそうですよね。
気がかりに着手できないと、だんだんそれを見ることを避けるようになり、でもずっと気になっているのですっきりしない。 

SIQカードを使って、その問題が表していることの心理的な意味を読んでいきます。
このカードは引いた人がその言葉から気づいたことを語りだすという効果があり、語りながらどんどん気づいていくところがすごいのです。

押入れや納戸など普段頻繁には開けない収納スペースは、無意識を表すといわれています。
何かを隠したい、足りないものを何かで埋め合わせたい、そんな深層心理の欲求がそのスペースをもので埋めて、更にそれを隠したいという自分でもなぜそうするのかわからない願望と行動になります。

扉の向こうにしまい込んでいるのは、もしかしたらもう役に立たないあなたのネガティブな自己概念かもしれませんね。
自己概念とは「自分がどんな人間であるかということについていだいている考え」のこと。

ちなみに私が自分のために引いたカードは自立とサレンダー
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必要なメッセージは受け取るまで何回でも現れます(-_-;)
 
 次回開催は6月29日(水)10:00‐12:00
詳細・お申込みはこちら 


naturaldesignhouse at 15:23コメント(0) 

2016年04月25日

今日は久しぶりの「こころと部屋」ワークショップでした。
久しぶりの(なんと1年3か月ぶり!?)開催で参加者名簿を整理していたら、初めての開催から6年、開催回数が今回26回目でした。
これには自分でびっくり しました。

いろいろなセミナー講座をやっていますが、この 「こころと部屋」ワークショップは自分の気が向いた時に不定期で開催していました。
それでも26回もやって来たのは、無理なくマイペースで開催してきたことと、毎回自分自身が一番面白がっていたからだと思います。
セミナーではなくワークショップにしているのは、私がなにかをレクチャーして教えるというよりは、参加された方がそれぞれ持ってきた課題やご自分の体験をシェアすることで 、それを聞いた他の方が気づきを得たり、私自身も新たな発見があったりして、まさに参加された方全員で価値を創りだすのでワークショップと銘打っています。

今日も 自身の変化と部屋の関係をテーマに、いろんな発見がありました。

特に興味深かったのは、自分の母親との関係 の話です。

ある方は部屋づくりをするため何かを買おうと思うとき、母親から「高すぎる」とか「無駄」とか繰り返し言われたことに背くような気がしてなかなか買えないとか

またある方は、支配的だった母親亡くしてすぐにすべての家具を買い替えたことでスッキリしたとか

またある方は、良い母親であろうとするがあまりに、すでに成長した子供のものを手放すことが出来ないとか

なるほどなるほどでした。

自分の潜在意識の中には、母親のお腹の中に入ってからのすべての体験の記憶が埋め込まれているといわれています。
幼少期の家族関係、特に親との関係は今の人生にとても影響を与えています。
女性にとって同性である母親は、一番身近な女性のお手本でもあり、同時にライバルでもあります。
良くも悪くも母親からの影響が、価値判断やものの選択をするときの基準の礎になっています。

大人になってもずっと価値判断の基準が母親であることに気づくと、母親に対して心理的に依存していることに気づくのです。
それは母親が他界しても続き、自身の中に母親のスペースが大きくなっているということに部屋づくりを通して気づいたりします。
ずっと母親の娘でいたいのですね。きっと

次回のこころと部屋ワークショップ開催は
5月18日(水)10:00-12:00 
詳細お申込はこちら



 

naturaldesignhouse at 00:08コメント(0) 

2015年03月29日

 先日、映画『おみおくりの作法』を観ました。主人公はロンドンの市職員で、孤独に死んだ人の葬儀をするのが仕事。主人公は亡くなった方の部屋でその方の生きてきた痕跡を集め、彼なりのやり方で葬儀をするという、静かで美しい映像でした。
主人が不在の部屋はどれもとても悲しく、亡くなった方がどんなに孤独だったが見えてくる。とてもさみしい部屋なんです。そこで主人公はその部屋の主の人生を想像する…瀬戸内寂聴さんがおっしゃるように、想像力が愛だとすると、とても愛に溢れた映画でした。

この映画の中で私がもっとも心惹かれたのは、残されたさみしい部屋です。
故人の部屋は生活が荒れている様子が見えたり、飼い猫以外の誰との関わりもないことが部屋に残されたモノたちから分かったり、もちろんそれらも十分にさみしい部屋を構成する要素なんですけどそれよりも何よりも、主が不在の部屋、主以外の誰とも関わりのない部屋、誰からも見捨てられた部屋というのはなんとも言えず悲しい。

もしかしたら、私だけかもしれませんが、誰かの不在を感じるときはその人の居た場所が思い浮かびます。部屋を上から覗き込む感じで、映画の映像のように各部屋を俯瞰して見て回ります。
いつもいたあそこにいない、ここにもいない。
部屋の中は何も変わっていないんだけど、ただその人だけが居ない。それを見て、ああそうなんだ。居ないんだって実感した時にさみしさが頂点に達する感じです。

人がいた気配の残る部屋、さびれた観光地の廃墟になったホテル、廃業した店舗、かつてそこには人が集っていたんだろうなと思わせる気配を少し残しつつ、すでに誰からも見捨てられ、少しずつ朽ちていく様子が何とも切なく悲しい。

それらを目にすると、そこでどんな人がどんな風に生き、どんな風な時間があったのかと想像します。
出来れば、その部屋の一番輝いていた時、人に愛されていた時の様子を想像します。
なんだかこの映画の主人公の気分になってきました(笑)
私は残された部屋の弔いをする人。ちょっとそれは切ないなあ。

さみしさは想像力を育てます。
ひとり遊びがクリエイティビティの原点です。私のさみしさから生まれた想像力は、部屋から人を想像し、部屋と人の一番輝いている状態を見ることに使われています。
お蔭で今の仕事をしています。

あなたのさみしさから生まれた想像力は、なに使われていますか?




naturaldesignhouse at 00:05コメント(0)